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2011年3月30日 (水)

東日本大震災関連記事1

東日本大震災について、

連日マスコミ各社で様々な報道が行われていますが、

ここでは、視覚障害者に関連する記事をピックアップして

お伝えさせていただこうと思います。



【東日本大震災 全盲男性「ヘルパーを」 食事など助け必要】

2011年3月28日 毎日新聞 東京朝刊

 東日本大震災は、視覚に障害を持つ人も容赦なく襲った。

健常者に比べ全盲や弱視の人は生活情報を得にくく、

津波を逃れた後もより困難な生活を強いられる場合が多い。

震災対応に追われる自治体は、

どの避難所にどれだけの視覚障害者がいるのかといった基礎的な情報すら集められていない。

宮城県東松島市の避難所で全盲の男性に会った。



 市立鳴瀬第一中学校にいる金子たかしさん(65)は、

30代後半に緑内障を発症し7年前に失明。

勤めていたデパートも退職を余儀なくされた。



 地震発生時は、1人で暮らす沿岸部の自宅にいた。

揺れが収まり、外に出ようと白いつえを手にした瞬間、

「ゴゴゴゴ」という聞きなれない音を聞いた。

「道路工事か」と思ったが、急に室内に水が流れ込み「津波だ」と気づいた。

その途端、巻き込まれ、油臭い激流の中でもがいているうちに意識を失った。

気が付くと、ずぶぬれのままつえだけを握りしめていた。

寒さに震えながら「助けてください」と叫び続け、翌朝、自衛隊員に救出された。

病院で検査すると胸の骨が4本折れていた。



 コルセットをしての避難所生活。

なれない場所だけに、つえだけで移動するのは難しい。

トイレに行くのにも周囲の助けが必要だ。

顔見知りの女性が肩を貸してくれるが「個室まで案内してもらうのはちょっと遠慮してしまう」。

食事も茶わんや皿の位置を教えてもらわないと食べられない。



 最も困っているのは「情報不足」という。

支援物資や罹災証明の申請手続きに関する連絡が張り出されても、金子さんには伝わらない。

自宅では音声パソコンで情報が得られたが、今はラジオだけが頼みの綱だ。



 地震後は一度も風呂に入っていない。

自衛隊などの入浴サービスがあったとしても、介護ヘルパーなしでの入浴は難しい。

金子さんは「みんな親切にしてくれるが、好意に甘え続けるわけにはいかない。

行政にヘルパーを派遣してもらえると助かる」と訴える。



 先のことも不安だ。

仮設住宅の計画が進むが、

「右も左も分からない家では、1人で生きていけない。

 避難所を出ろと言われたら、どうすればいいのか」とため息をついた。



 被害が大きかった岩手、宮城、福島3県で

身体障害者手帳を持つ視覚障害者は約1万6500人。

このうち被災者や避難所で生活する人がどのぐらいいるか

3県とも正確な数をまだつかんでいない。



 宮城県視覚障害者福祉協会(022・257・2022)は

「電気が通じない自宅にとり残され、食べるのにも困っている障害者もいるはず。

 行政は早期に実態把握を行うべきだ」と指摘。

被災した視覚障害者の情報提供を呼び掛けている。





【東日本大震災 視聴覚障害者の支援充実 厚労省が呼び掛け】

2011.03.20 共同通信

 厚生労働省は20日、東日本大震災で被災した視聴覚障害者が、

避難所で情報を得たり頼み事をしたりするのに困らないよう、

避難所を設けて受け入れている都道府県に支援の充実を求めた。



 視覚障害者に対しては、食料配給などの情報を伝える際に

「張り紙を見てください」と対応すると影響が出るため、

放送やハンドマイクを使って知らせるよう要請。

トイレなどの場所が分からない場合に備え、ボランティアの付き添いなども求めている。



 聴覚障害者向けには、同様に「放送を聞いて」などの対応をせず、

手話のできる人に腕章などを着けさせ、声を掛けやすくするなどの工夫を求めた。

被災地には既に要請済みだが、県外に避難する障害者が増えているため全国に連絡した。





【浜松のNPO 被災の視覚障害者に白杖寄贈へ】

2011年3月22日 毎日新聞 地方版

 災害時、白杖を持たない視覚障害者は命に及ぶ危険が迫る。

東日本大震災の被災地で不自由な生活を送る視覚障害者のため、

浜松市のNPO法人が22日、白杖約150本を現地へ寄贈することになった。

NPOで働く視覚障害者らが、被災地の視覚障害者に思いを寄せ、急きょ製作した。

NPOのスタッフは

「健常者以上に不便を強いられる視覚障害者に、勇気と安心を与えたい」と意気込んでいる。



 このNPO法人は、

視覚障害者向けの用具を作る「六星ウイズ半田」(浜松市東区、斯波千秋代表)。

「白杖メーカー」として国内随一で、全国シェア6割にあたる年間1500~2000本を製作している。

ここで働く視覚障害者ら7人が14日から製作を進めてきた。



 視覚障害者にとって、白杖は「目」の代わりになるだけでなく、

健常者に視覚障害を知らせる「サイン」にもなる。

実際、阪神大震災の直後に、

斯波代表の主宰する市民グループが避難場所に計500本の白杖を送ったところ、

視覚障害者の負担軽減に役立った。



 一方で、白杖を失うと、移動が困難になるだけでなく、

避難所での張り紙などで掲示している文字情報が伝わらず、

時には命にかかわるトラブルも起こり得るという。



 斯波代表によると、

阪神大震災(95年)の際、避難所でトイレに行けなかったり、

文字情報が伝わらずにパンの配給が健常者よりも3~4日遅れるケースもあったという。



 今回の送り先は、

視覚障害の研究で連携してきた宮城県立視覚支援学校(仙台市)と

岩手県視覚障害者福祉協会(盛岡市)、福島県立盲学校(福島市)の3カ所。

現地との連絡はまだ思うようにいかないが、

ひとまず第1弾として、伸び縮みしない「直杖タイプ」(ジュラルミン製、長さ88~90センチ)を約150本送る。



 さらに、被災した視覚障害者が希望する長さを確かめたうえで、

伸び縮みする「携帯タイプ」も送ることにしている。





【不安募らせる視聴覚障害者 情報提供の方法に留意を】

2011.03.17 共同通信

 震災時に情報が伝わらないことで、不安を募らせたり、

避難が遅れたりする視聴覚障害者は少なくない。

専門家らは「避難所などでは、障害者への情報提供の方法などに留意してほしい」と呼び掛けている。



 「人と防災未来センター」(神戸市)主任研究員の石川永子(いしかわ・えいこ)さんによると、

目が見えない人の場合、周囲の状況が分かりにくいことなどから、

体育館など避難所の広い空間の中央にいるととても強い恐怖を感じる。

「目が見えない人は、入り口の壁の近くが安心して過ごしやすいので、配慮してほしい」



 周囲の人が移動をサポートする場合は

「1メートル先に階段が2段あります」というように、

目で見える情報を具体的に、実況中継するように伝えると良い。



 耳が聞こえない人の場合、周囲の人が障害に気付きにくい。

声や音に対する反応が変だと感じたら、筆談でコミュニケーションを取ってみる。



 全日本ろうあ連盟(東京)の担当者も

「避難所で『障害者の方の受付』『手話通訳がいます』と文字で示し、

 障害者の人が自分から名乗り出られるように工夫を」とアドバイス。

本部や受付など“情報発信地”の近くにいてもらい、

音声情報は近くの人が紙に書いて伝えたり、

壁に張り出したりして確実に伝えるよう心掛ける。



 過去の災害では、防災無線で呼び掛けられた避難の情報が、

聴覚障害者には伝わらなかったケースもある。

同連盟の担当者は、余震などに備え

「周囲の人は、情報が伝わりにくい人がいることを意識してサポートをしてほしい」としている。





【岩手 県営住宅被災者に提供へ 障害者ら家賃1年免除】

2011年3月18日 朝日新聞

 岩手県は、現在約300の空き室がある県営住宅を被災者向けに活用する。

17日、関連の今年度補正予算を、議会を通さない専決処分で決めた。

ガソリンなどの物資の手配状況にもよるが、

早ければ今週中にも避難所に案内を発送し、4月から入居できるようにするという。



 県住宅建築課によると、

重い障害や持病を持つ高齢者や乳幼児を抱える女性らが対象で、

家賃を1年間免除する。



 補正予算総額は134億2700万円。

炊き出しや寝具など生活必需品に95億円、

県営住宅修繕などの予備費に35億円充てる。

県は17日までに、国交省からの問い合わせに対し、

学校の校庭や運動公園などに建設予定の応急仮設住宅の需要を8800戸と報告した。





【東日本大震災1週間 全盲の女性 自宅流され一度は死を覚悟】

2011.03.18 信濃毎日新聞夕刊

 「くよくよしないで前進あるのみ」。

津波で岩手県陸前高田市の自宅が流され、

避難所となった近くの寺に身を寄せる全盲の吉田千寿子さん(75)。

地震が起きたときは1人だったため、一度は死を覚悟したが、

今は同じ境遇の人たちと強く生きようと決心した。



 1人で家のこたつに入っていた。

激しい揺れの直後だった。

逃げ惑う人々の叫び声、急発進する車のエンジン音、砂ぼこりの臭い…。

「音だけで何も見えない。まるで地獄だった」



 不意に「自分がいたら迷惑がかかる。このままここで死のう」と考えた。

しかし、使っているつえが目の前に落ちてきたとき

「家がつぶれたら、捜索でもっと手間をかけさせてしまう」と思い直す。

服用している抗がん剤を握り締め、

手探りで玄関に行き、道路に飛び出した。



 「ほらほら、早く逃げてー」「ママー、ママー」。

叫び声、バタバタという足音、猛スピードの車の音、クラクション。

つんざくような激しい音が次々と耳に飛び込んできた。

「かよちゃん、助けて!」。向かいの家の友人に助けを求め、叫んだ。



 手を引かれ、必死で走った。

半年前にがんの手術をしたばかり。傷口が痛んだ。

50メートルほど走ると、後ろから「バリバリ」という音が近づいてきた。

砂ぼこりで息もできない。

津波に追いつかれて足元が水につかったとき、避難所となった寺の山門に着いた。



 寺は半島にあり、道路の寸断で一時孤立した。

同居の娘(45)は仕事で大船渡市にいて安否が分からなかったが、翌日合流。

寺には地元の約40人が身を寄せ、お互いできることをして助け合っている。

長年の親友という女性も常にそばにいて、トイレや食事などの手助けをしてくれる。



 吉田さんは約10年前、緑内障で全盲に。

「目が見えない分、人の好意をありがたく感じる。

 寂しくない。みんなに助けられてるから」

 生まれ育った町は跡形もなくなった。

寺の周囲も無残ながれきの山だが

「きっと神様が何かの役に立つと思って生かしてくれた。

 生きるだけ生きようと思う。私は幸せ」と力強く言った。





【「音や点字で情報を」 視覚障害の熊谷さん仲間の安否を気遣い】

2011年3月16日 毎日新聞/岩手

 「視覚に障害を持つ仲間の安否が知りたい」。

陸前高田市高田町の熊谷賢一さん(46)は

市立高田一中の避難所で過ごしながらそのことばかり考えている。



 熊谷さんは幼いころ、右目を失明。左目は光を感じられる程度だ。

11日の地震発生時は自宅近くの治療院にいたが、親しい友人の付き添いで帰宅。

すぐに津波警報を確認し、母とともに避難所に入った。

「もし一人で逃げなければいけない状態であれば前に進めず、

 今生きてはいなかった」と振り返る。



 一中の体育館には足の踏み場がないほど多くの被災者が集まる。

介助がほしいとは思うが、非常事態に多くは望まない。

安否確認の掲示は繰り返してすべて読み上げられず、記入方法も主に紙で張り出されている。

熊谷さんは

「これでは視覚障害者には届かない。

 友人を心配する気持ちは同じ。音や点字での情報をください」と願う。





【日本大震災:視覚障害者、地震当日の体験語る】

2011年3月15日 毎日新聞 地方版

 障害者が「帰宅難民」になったら--。

弱視の横浜市鶴見区の新井豊三さん(61)が11日、市内で東日本大震災に遭遇。

視覚と聴覚に障害のある友人男性(58)を連れて帰宅するのに苦労した。

「異常事態だが、白い杖(つえ)に冷たい人が多かった」と嘆いた。



 新井さんは11日午後、リハビリ施設「ラポール横浜」(同市港北区)で友人と卓球をしていた。

地震発生後、1人暮らしの2人は白い杖をつき、JR横浜駅まで歩いた。



「コンコースは満員で、点字ブロックを頼りに進んだが、

 ブロックの上はふさがり、前後左右から我れ先の人々にぶつかられた」。

交通機関がストップしたと知らされたが、

若い女性が「臨港バスが動いている」と教えてくれた。

午後5時半過ぎ、バスに乗った。

超満員で通常なら30分ほどで鶴見に着くのに倍かかった。

「白い杖に気づきながら誰も席を譲ってくれなかった」



 午後7時ごろ、新井さんのマンションに到着。

停電中で5階まで階段を歩き、うどんを作って食べた。

友人が持っていた携帯ラジオが情報源だった。



 12日朝、京急電車で帰る友人を見送った新井さんは

「もし震源地にいたら、私らは犠牲になっていたろう。

 大震災だから仕方ないが、こんな時こそ障害者への思いやりがほしかった」と訴える。

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コメント

ブラインドスキーサポートチーム「TABS」の事務局・栗田と申します。
こちらのエントリーに記事がよくまとめられていたので、リンクさせていただきました。
これからもよろしくお願いします。

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