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2015年12月 8日 (火)

輝集人:全盲の精神科医・生駒芳久さん/和歌山

2015年12月03日 毎日新聞 地方版/和歌山

◇「互いに語り、自殺防ぎたい」 生駒芳久さん(66)  

「目が見えなくなったのは、自分が見えないと認めた日。
見えなくてもいい、とあきらめた日だ」

 6年前、全盲になった。
しかし、見えないことを認めたことで、逆にほっとしたのだ。
「それ以上見えなくならないから。
だんだん見えなくなることが、中途失明者には実は一番怖いんだ」。
かつての光を失う絶望から、中途失明者の自殺率は高い。
自身も今まで全盲の医師として何度も人前で講演を繰り返してきたが、
今月19日、初めて自殺予防のための舞台に立つ。

 今春に県立こころの医療センター(有田川町)を定年退職し、
和歌山市内の精神科病院で、白杖を手に精神科医として診察を続ける。

視力が低下する病気「網膜色素変性症」と自身が初めて診察されたのは半世紀以上前。
大学の工学部に入った年の7月だった。

 子供の頃から目は悪かった。
小学校のキャンプでは、たき火の時間に不自由ないよう
少ない小遣いでこっそり、夜盲症の緩和効果があるとされる肝油ドロップを買ったが、
結局ぼやけた視界は晴れなかった。
大学で入ったヨット部では、沖合に浮かぶブイが見えないまま足が遠のいたという。

 病名を告げられた後、見えなくなっていく絶望で学校から足が遠のき、
自殺も考えた。でも死にきれなかった。
昼夜逆転した生活の中で手に取るのは生死に関する書籍ばかり。
生死に触れたくて、ハンセン病元患者らの元を訪れたりもした。
大学を卒業後、会社員や市役所の電気技師などの職を経たが、不安は消えなかった。

医師を志したのは、30歳で盲学校に入り直してからだ。
 「当時は目が見えなくなった医師は欠格でクビ。
それでも、挑戦してみようという気にさせてくれた」。
盲学校時代、自身が全盲でもハンデを問題にせず授業を続ける教師らの存在が大きな力になったという。

その後欠格条項は撤廃され、精神科医として約30年間、多くの患者を診た。
精神疾患の患者の自殺率は健常者の数十倍にも上る。
「障害は軽ければ軽いほどつらく感じる。
だからこそ、自殺を考える人は、自分のことを語るのが一番の薬になる。
僕も語るから、参加者からも語ってほしい」

 19日の講演会は和歌山市手平2の和歌山ビッグ愛で午後0時半から。
同2時40分から交流会も予定している。

予約不要で無料。

問い合わせは県精神保健福祉センター(073・435・5194)。

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